イギリスがすき。

旅するヘアメイクアーティスト

Londonでワーホリ中
ヘアメイクアップアーティストをしながら、Europe旅行が一番の目的✈️

ケニア旅行体験記🇰🇪

ヨーロッパ旅行記


2026年4月24日、私は4月21日から4日間睡眠時間があまり取れないドラマの撮影に入っていました。

元々ケニア旅行が決まっていたので、ずらすこともできず、24日の夕方からは後輩に仕事をお願いして、そのまま24時間かけてケニアに向かいました。

そもそもなぜ今年はケニア旅行なのかというと、昨年マチュピチュからクスコに帰る列車の中で相席になったスウェーデン人の60代くらいの夫婦が世界中いろんなところを旅行していて、ケニア良かったよと教えてくれたからでした。

南米旅行とケニア旅行に一緒にいた友達の名前は"ゆか"

美容学校の同級生で18歳からの付き合いですが、ゆかはオーストラリアに住んでいます。

ゆかは小学生の頃から夢は海外で美容師をやることだったらしく、

でも、そのことを知らなかった私は、22歳の時に美容師を辞めて、海外に行くかヘアメイク野道へ進むか迷ったことがありました。その時はヘアメイクになることを選びましたが、25歳の時に突然ゆかが海外へ行くと言い出し、私は先を越された気分になっていました。

その頃近い先輩も仕事を辞めてカナダに留学に行ったり、身近に海外に行く人が出始めていたので、海外熱が高まり、ワーホリや留学の資料を取り寄せ始めていました。2016年の年末に、ゆかが突然次はイギリス行こうかなと言ってイギリスのワーホリ抽選を受けると言い出したのですが、私の中ではちょと待った!となりました。

22歳の時に海外に行こうとした時、エージェントの人に話を聞いていると、カナダかオーストラリアしか勧められず、私の中では18歳の時の海外研修で行ったイギリスをイメージしていたので、イギリスを提案してみたんですが、難しいですね。と言われたために海外という選択肢を辞めたからでした。

なので、ゆかにイギリス!抽選?!という話を聞いて、行けるチャンスがあるんだ!と嬉しい反面、ずるい!私も行く!となったのでした。

当時はワーホリの情報も特になく、エージェントを通すのが一般的でその分お金もかかりましたが、すでにワーホリをしている人は情報をたくさん持っていて、抽選があるという情報も入りやすかったと思います。

イギリスは当時年間1000人という枠に対して、倍率は20倍と言われていました。

ただ、名前を送るだけの抽選です。倍率が高いから行けることは奇跡と思っていた中で、資料を取り寄せていた海外の語学学校を運営しているEFから面談の連絡が来ました。とりあえず話を聞きに行くことに。そこでもやはりワーホリに行くならオーストラリアかカナダだと言われました。

私は美容免許を持っているのでハワイでウェディングのヘアメイクとして行く方法も少し調べていました。

でも、ハワイはビザを出してもらわなければいけないので英語のスキルはある程度はないといけません。そこで、安いセブ島留学を勧められましたが、乗り気はしませんでした。

私は「イギリスには行けないんですか?」と勇気を出して行ってみたところ、「行けます!」「そしたら、イギリスに行きたいです!」とイギリスに3ヶ月留学して、ハワイへ行くというプランで具体的に話が進んでいきました。

1ヶ月後、仕事へ向かっている電車の中で突然一通のメールが届き、「イギリスへのワーキングホリデービザの抽選が通りました。」というメールが届きました。

送ってから1ヶ月経ち、ダメ元だったのでほぼ忘れていた時でした。

飛び跳ねながら仕事に行き、近くにいた先輩に早速報告。「えっじゃあ仕事辞めるの?」「あっそうなりますね!」と軽い回答。

EFの方にもすぐ報告、「抽選受けていたんですか!?」「ダメ元だったので、受けていたことすら忘れていました。」

「じゃあイギリスの語学学校3ヶ月行ってからそのままワーホリですね、そしたらいつ頃行きますか?」「そうですねぇ、、、半年後くらい?」会社の給料は20日締めで、7月の初めにボーナスも出るので「7/20に仕事辞めます。」EFに入学できるのは月曜日なので、「その次の週の月曜日7/27に入学します。」トントン拍子にことが決まりました。

ちょうどその頃、会社のリーダー的先輩から本社に戻りたいかアンケートを取っているという話をされました。「あっ私イギリスに行くので辞めます!」

「あっそうなの?それなら早めに言っといた方が良いかも」と言われたのでその場で上司に電話、「イギリス行くので7/20で辞めます!」

そんなこんなでイギリスに導かれるように行った私ですが、ちなみにゆかはイギリスの抽選には落ちましたが、その後もオーストラリアに住み続けて永住権も獲得しています。

そんなゆかと旅行に行きたいねと話していたところ、ゆかはアフリカかエジプトか南米が良いと言い出したのです。

今まで30カ国旅してきた私でしたが、南米とアフリカは行ってはみたいが勇気が出ない場所でした。

最初、1番難易度低そうなエジプトを選びました。

ですが、イスラエルの戦争が悪化し、トランプの就任も控えていたことから、どうなるかわからないということで、隣国のエジプトに行く勇気が出ず、

1番影響無さそうな南米にしました。

ゆかは、マチュピチュだけは行きたいけど、あとはどこでも良いよというスタンス。

私はウユニ塩湖にも行きたい!(ゆかは知らなかったみたい)

ウユニ塩湖やクスコは標高が3500以上なので高山病予防のため、アタカマ砂漠から行くというプランを考え、行き先はチリとボリビアとペルーに決まりました。

話は逸れましたが、そんなこんなで今年は、アフリカで、勧められたケニア!に行くことにしました。

ケニアに行くと決めたのは今年の2月、カタール航空でゆかと待ち合わせしてケニアに入国する予定で、カタール航空の航空券をとっていました。

私は日本から行くので、ゴールデンウィーク真っ只中、航空券がバカ高かったので、韓国に寄って韓国からの出発にていました。

そんな中、今度はイラン情勢が悪くなりホルムズ海峡封鎖、カタール航空は危うくなりました。

私達は、思い切って違う航空券を取ることに。

私はエチオピア航空、ゆかは南アフリカ航空です。

カタール航空が運行したとしても、怖いからキャンセルしよう、とりあえずキャンセルになるのを待つということにして、航空券のダブル持ちでひとまず安心です。

4月1日カタール航空からキャンセルの連絡が入り、全額無事返金されました。

旅行の日程が近づいた頃、あることに気づきます。

私はドラマの仕事があるので、24日は韓国へ行くのも時間ギリギリな航空券にしていたのですが、エチオピア航空に変えたことでターミナルが別になり間に合わない恐れを発見しました。

やむを得ず日本から韓国までをエチオピア航空で取り直し、空港で事情を説明しました。

本当は日本からエチオピア航空でエチオピアまで行く繋がったチケットだったらしく、別々に取ったことはかなり良くないことだったらしいのです。

確かに金額は20万変わります。

パスポート情報をカウンターで韓国に送ってもらいチェックインをしといてもらうなどいろいろ対処してもいました。きっとカタール航空がキャンセルになったので、異例で認めてくれたんだと思います。私、本当は韓国に寄ろうとしていたんです…。

飛行機は出発がだいぶ遅れていて、夜中の4時頃韓国に到着、仕事を任せていた後輩から今終わりましたと報告を受けました。もともと2時終わりの過酷スケジュールだったので、えっ〜4時終わり?とびっくりしました。

ですが私は、そこからさらに10時間かけてエチオピアへ移動です。ドラマの疲れのせいかずっと寝ていました。そんなこんなで無事、エチオピアに到着。

エチオピア航空はアフリカのハブ空港だけあり、すごい大きな空港です。こんなこと言っちゃダメかもですが、見渡す限り黒人しかいないです。

当たり前ですが、そんな状況が人生で初めてだったので、その時点でアフリカに来たことを実感しワクワクしました。

プライオリティパスを使ってラウンジで休憩し、また5時間飛行機に乗り、ケニアに入国です。

ケニアの空港は小さめで荷物を受け取ったらすぐ外です。

私は最初の2日間、ケニアにある日本人ゲストハウスRAHA Kenyaに滞在予定で、何もわからない、何も情報がなかったケニアなので安全策としてゲストハウスで送迎を頼んでいました。

送迎に来てくれたのはケニア人の方ですが、ゲストハウスの方がドライバーの携帯から私に変わって空港から1時間くらいかかりますので、安心してきてくださいねと言ってくれたので、安心して車に乗れました。

私はまだまだ寝れて車の中でも寝ながら、気づいたら1時間半くらいかかりましたが、無事にゲストハウスに到着しました。

360度高い弊に囲われていて、門番がいる建物。それだけでケニアの治安の悪さがわかります。

到着したら日本人の若い女の子が迎えてくれました。

続く…

マチュピチュ

ヨーロッパ旅行記

2025.4/5 マチュピチュへ行く日が来ました!


マチュピチュは入場制限があり、(1日4500人?)

チケットも2ヶ月くらい前に買わないと入れない場合があります。

ガイド付きではないと入れないと言われているため、大抵はツアーで行くようです。

クスコからのツアーなどもたくさん出ていますが、10万円くらいからです。

ガイドはいなくても何も言われないらしいという情報を得て、私達はマチュピチュの公式サイトからチケットを購入することにしました!

ですが、公式サイトは日本からはアクセスできなかった為、一緒に行く友達はオーストラリア在住なので、友達に取ってもらいました。

(1人64USD)


クスコからマチュピチュまでは何通りもの行き方がありますが、私達は電車で行くことにしました。

ただ、4/30までは雨季の為、オリャンタイタンボ駅までバス、オリャンタイタンボからマチュピチュ駅まで電車になります。

電車は、インカレイルかペルーレイルで行けます。

私達は2日前に取ったので、良い時間帯がペルーレイルしかなかったので、ペルーレイルにしました。

ペルーレイルの公式サイトでクスコからマチュピチュ駅まで買うとバス+電車のチケットが買えます。

(154.8USD)


クスコからはWanchaqという駅から乗ります。

6:40 Wanchq発

ホテルからはUberで行きました。




Wanchaq駅は待合室もあり、新しくてかわいい駅。

オリャンタイタンボまでは2時間くらいです。


途中のトイレ休憩所




オリャンタイタンボで電車に乗り換え

30分くらい滞在です。




生演奏もあり、ディズニーランド気分で


電車にのり、マチュピチュ駅までは2時間くらいです。


行きはビジネスクラス?車両

帰りはミドルクラス?にしました。


良いクラスは、機内サービスみたいなお菓子のセットと飲み物(コーヒーorコカ茶)が付いてきます。

特に美味しいお菓子ではなかった😅


帰りは水だけですが、金額が全然違うので、

ミドルクラスで十分です。


買ったサイダー


席は4人の相席、同じ席の人によってまた旅の雰囲気が変わって行くかもしれません。

行きの向かい側の席の人は、すごく大きい人達

荷物も多くて真ん中にあるテーブルにも置いていて

席に着いた途端、窮屈…高い席なのに…

って思ったら駅員さんに移動させられていて、私たちは快適な2人席になりました🎵


10:52マチュピチュについたら天気は悪くなり、雨が降って来ました。





マチュピチュのチケットは13:00

駅員さんにチケット売り場を聞いて、バスのチケットを買いに行きます。

(バスは往復で24USD)


この橋を渡った橋の下にチケット売り場があります。

13:00とかいたプレートの前に並びます。

12:30前には出発したと思います。マチュピチュのチケットは持っているので、1時間くらい前から並び始めれば良い気はします。

ですが、みんな並んでいたので、1人は宿にチェックインをしに行き、 1人並ぶようにしました。


荷物はマチュピチュの入り口にも預ける所はあったのでチェックインをする時間がなくても大丈夫そうです。

カッパはバスに乗るために並んでる時にたくさんの人が売りに来てくれます。


マチュピチュ村での滞在は

Booking.comよりMapi Gardens Machu Picchu B&B (2人で1泊52.65USD)朝食付きです。


マチュピチュまでバスで30分

ちょっと怖い崖道を通って行きます。

隣の席はスペインからきたおっちゃん

どこから来たの?と聞かれてJapanと答えたら

1970年代に日本に住んでいたらしく、日本人に会えて感動していました。日本語も少し覚えていて、日本は私の心の故郷と言っていて、本当に日本が大好きなようです。


世界を旅していると、どこ出身?と聞かれて、日本と答えると感動する人にたまに会います。

日本はとても世界中の人にとって好印象で、日本に行ったことあるって言う人が大半で、また日本に行きたいってみんな言います。


マチュピチュに到着し、入場門の前で並んでいるとフリーのガイドさんに勧誘され、

ガイドをつけることにしました。

私達は現金がもう残り少なかった為、交渉の末

2人で50USDと30ソルを支払いました。

マチュピチュ駅で勧誘された時は60USDだったので、それより少し安めで交渉成立です。

クスコからマチュピチュまでのツアーは調べると大抵10万円から、私達は自力で取ることでコストを3分の1に抑えました。


いよいよマチュピチュに入場

天気が悪く霧が晴れたのはほんの一瞬






マチュピチュは15世紀のインカ帝国の遺跡で

ペルーからチリまで南北4000kmに及ぶ広大な領土を支配していたインカ帝国の中心地としてクスコはインカの王が住む場所でした。

クスコとはへソという意味だそうです。

マチュピチュの中にある太陽の神殿は、夏至の朝に南の窓から、冬至の朝に東の窓から光が差し込むように設計され、太陽暦の観測や暦に関する儀式に使われていたと考えられています。

他には寺院があり、お祈りをしたり、王や王族の避暑地として使われていた為、仕える人達が750人ほどくらいていたと言われています。


マチュピチュが使われていたのは僅かが80年くらい

インカ帝国はスペインに侵略され、あっという間に滅びてしまいました。


1532年、スペインに侵略された際、インカの人々がスペイン人から逃れてたどり着いた先と言われており、1911年アメリカの考古学者がマチュピチュを発見した際にはまだ3組の家族が住んでいました。


インカ帝国の建造物は石で隙間なく積み上げられており、マチュピチュの下にも二層の断層線が通っていますが、地震が起きると、地震の揺れに伴って石がお互いに衝突し合い、採取的に元に位置に収まる仕組みとなっています。

このような建てかたでなければ、すでに崩れていたと言われています。

スペイン人が侵略後にインカの土台は崩せず、土台に街を造った為、他の都市とは異なる美しい街が誕生し、1983年に世界遺産に登録されました。


マチュピチュを堪能した後は、マチュピチュ村でご飯を食べに行きました。

Chullos Restaurant& Craft Beer




ちょうど今年公開の映画パディントン3のロケ地がマチュピチュだったということもあり、イギリスからパディントンがマチュピチュ村に贈呈されていました。私はパディントン好きでイギリスではパディントンのロケ地巡利をしていたので、嬉しかったです。




4/6 8:53発マチュピチュ村を出発し、

11:05にクスコに到着したした。



帰りの電車で相席になったスウェーデン人のご夫婦からインカの王が住んでいた跡地がクスコにあるよと教えていただいて、ホテルに再びチェックインをしてからUberでサクサイワマン Saksaq Wamanへ行きました。そのご夫婦からセクシーウーマンみたいな名前な場所って教わってすぐわかりました笑

(入場料70ソル)


高台にある為、クスコを一望できるのですが、

ジブリ感のある空と景色でとても綺麗でした。






階段でクスコまで降りれそうな所があり、

帰ろうとした所、馬にならないか?と勧誘され

料金は1人35USD、馬に乗って他の遺跡を見るツアーです。

私達は現金を持っていなかった為、帰りにクスコの中心地まで車で送って行くからそこでお金をおろせば良いと言われたので、馬に乗る事にしました。


車で5分ほど移動し、勧誘して来た男達はいなくなり女性陣に引き渡され、馬に乗せられました。

手綱を持たされ、操作の説明を受けます。


えっ自分で操作するの?と不安になりましたが、おとなしい馬でゆっくり歩くので大丈夫でした。

一応、後ろからついて来てくれるスタッフの人は1人います。

40分くらい馬に乗ってすごく楽しくて良い経験ができました。

途中、子供に写真を撮られ、その場で印刷して、写真を打って来ました。写真のクオリティは微妙だったけど、記念に買いました。

確か10ソルくらい。



馬に乗り終わると、この車で待っててと言われて

待っていましたけど、いつまでも誰も来ない。

時間がないから1時間で終わるならという条件で、馬になりましたが、誰も来ません。

男の子に、この車で合ってる?って聞いたら、違うあの車だよ、って他の車を指差したので、その車の元へ行くと、誰もいない。

近くにいたスタッフぽい女の人に、クスコに帰るの?と言われて、そうって言ったら、あの家族がクスコに帰るから、一緒に乗って行くと良いよって、反対車線の家族を指さしたら、そこに行ったら、路線バスが到着し家族がそれに乗ったので、私達も乗りました。

あれ?私達お金払ってなくない?

ってなって、どうしようか?でも誰もいなかったし…とりあえず、バスに乗ってると、

最初に勧誘して来た男達がバスに乗って来て、おい!そこの日本人!って怒られました😅

私達、無線乗馬したみたいやん!てかそうだけど、

バスに乗っていた、学校帰りぽい子達に笑われて

犯罪者みたいに車に連行された笑

めっちゃ怒っていて、怖かったけど、

だって誰もいなかったし、これに乗れって女の人に言われたって説明したけど、怒ってる。

いない方が悪いんじゃんって思いながら

まぁ払ってないから何も言えない笑

ATMに連れて行かれて、払って降ろされた。

最後は和解。

でも、後味は悪い。今は良い思い出、てかは話のネタ。



最後の夜もレストランで食事をしクスコの街終了




4/7 9:20 クスコ発→13:40 サンティアゴ着

LATAM航空 1人21620円


22:45に帰りの飛行機が出るまで、サンティアゴ の観光です。

疲れた+帰りの長時間フライトを考えて

サンティアゴ の中心地にホテルを取りました。

ホテルパンアメリカーノ (2人59.46USD)

ホテルまではUberです。

もう料理に飽きて、しょっぱいものが食べたい私達は、ホテルの近くのKanda Thaiというタイ料理のお店でランチ




味付けは甘め


サンティアゴはが南米一の大都市とだけあって、ただの都会でした。

唯一の見どころ、アルマス広場へ歩いて行きました。




あとは出発までホテルで体を休ませ、シャワーを浴びて、再び空港へ向かいました。


友達とは違う便のため、ここでお別れ

4/7 22:45サンティアゴ発

4/8 7:30 ロサンゼルス着

11:30 ロサンゼルス発

4/9 16:30 成田空港着


行く前は不安ばかりで、

治安悪そう、10時間2回のフライト、南米の航空会社による不安、高山病、

体調崩さないか、ご飯は合うかとか…

直帰でも車の横転、滑落事故でたくさん人が亡くなっていたから、怖かった。


でも、イメージとは全然違った。

治安は悪くはないし、ご飯も美味しい。

高山病にはならなかった。

10時間2回のフライトは意外と楽で、ヨーロッパの15時間フライトの方がよっぽどきつい。

フライトって10時間過ぎると途端に辛くなって来て、後何時?って5分刻みに見る感じ。

でも10時間で一度降りれるフライトは思いの他楽でした。

思ったより発展しているし、困ることは何もなかった。人が優して、安全管理もきちんとしていて、JALや ANAとも大差のない航空会社

運転手さんの安全運転とちゃんとしたおもてなし

南米へのイメージが180度変わる旅でした。

帰って来てから、行く前の私のように心配した人達からよくそんな所行って来たねってたくさん言われるけど、私はこれから、日本人に植え付けられた南米に対するイメージを変えるべく、勝手に観光大使として良い南米イメージを日本に植え付けていきたいと思います。

レインボーマウンテン

ヨーロッパ旅行記

4/3 15:25 クスコ国際空港到着


空港を出たらタクシーの勧誘が多い

しつこいし怪しい日本語を話す人も…

私はUberを頼みました。割高らしいけど、変なタクシーより断然安心でした。

(ホテルまでは19ペソくらい)


クスコの滞在は7日まで

その間1日だけマチュピチュ村に滞在です。

マチュピチュまでの電車に大きな荷物は持ち込めないので、ホテルに荷物を置かせてもらうため、同じホテルでの滞在にしました。


Cuzco Bed&Breakfast

2泊2名/95.67USD 朝食付き

1泊2名/44.10USD 朝食付き

実は初日に全部請求されて払ったのですが、

心配だかは領収書欲しいって言ったらメールで送ると言われ、安心していましたが領収書送られて来ず、6日にまたチェックインした際にお金を請求されました。

宿の方はスペイン語しか話せず、Googleトランスレートでの会話となり、とても良い方なんですが、

忘れてしまったのか…

私達は払った証明ができませんでしたが、

なんとか二重に払わず済みました。

モヤモヤ…


クスコの街は世界遺産で

13〜14世紀頃インカ帝国の時代に

南米の中心となった場所です。

スペインの侵略によりインカ帝国は滅び

遺跡は壊されたのですが、インカの石積みは丈夫で

土台は崩せず、インカの石積みの上にスペインがスペイン風の街を建てたので、美しい調和の特別な街並みとなり世界遺産に登録されました。






街を歩いているだけで楽しく、

売っているお土産はかわいい手刺繍のもので

だいたいアルパカの毛で作られているので品質もとても良いです。



夜のクスコ







星のようにも見える家々の灯り




夜ご飯は、Uberの運転手さんに教えてもらった

レストラン🍽️ 

セビーチェ



4/4  レインボーマウンテンに行きます。


レインボーマウンテンは標高5000mを越える山で高山病で登れない人がいるの聞いていたので、

4000mに到達した時の体調で決めることにしていました。

意外と高山病は全然心配なさそうだったので、

レインボーマウンテンに行こうと思っていたところ、ウユニ塩湖のツアーで一緒だった方が私たちとは逆ルートの旅行をしていて、早めに予約した方が良いということで、Get your gideで予約しました。

(朝食とランチ込みで3290円です。)


午前3:00、ホテルにバスが迎えに来てくれます。

5:30 朝食のレストランに到着し、バイキング形式でご飯を頂きます。




ここで寒そうだったので、レッグウォーマーを買いました。


6:30 登山開始です。

すごく天気が悪いです。


寝不足と高山とから、私は馬に乗って登山しました。馬に乗るのは70ソルです。


小さめの馬で、操作してくれる方がいるので乗ってるだけ。たまに走り出すのが怖かったけど、貴重な楽しい体験でした。


山頂が見えてきたあたりで降ろされ、

そこからは自力で登ります。


7:30頂上に到着!


朝早くから頂上には売店やアルパカと写真を撮るサービス、パスポートにスタンプを押してくれるサービスなど、山岳民族の方達による観光地化がされていました。


高山病予防のコカ茶

さすがに薄ら頭痛かったです。


レインボーマウンテンは、ずっと雪に覆われていた山でした。2014頃温暖化の影響で氷が溶け、

山肌が見えたらレインボーだったというわけです。


売店がある頂上にさらに頂上があり、そこまで登りました。



霧に包まれたレインボーマウンテンはほんの一瞬だけ姿を現してくれました。


高山民族の方は頂上でも編み物


レインボーマウンテンの頂上から15分のところにレッドバレーもあります。

レットバレーへの入場料は30ペソです。





レットバレーにいる間に天気が良くなり、綺麗な山がみえて来ました。

帰り道は選べますが、富士山の砂滑りのように直角に降りれる場所もあります。

帰り道は天気が良くて、行きに馬に乗りながらこんな景色の場所を歩いていたんだなぁ〜と感動しながら帰りました。



帰りは朝食を食べた場所でランチを食べ、




14:40頃クスコの街に戻りました。


またクスコの街を歩きながらお土産を見て


夜ご飯は、KUSYKAY Peruvian Craft Food というレストランです。



ピスコサワー


私はトラウト、友達はアルパカを食べていました。

カラフルでフレンチっぽく美味しかったです。


さすが美食の街ペルー